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登戸研究所の事実を知らずに戦争を語るべからず!

2016.02.02 17:51|2016 政治関連
2016年、早くも2月に入ってしまいましたが、今年は日本の将来に立ちこめる暗雲を吹き飛ばすべく頑張りどころの一年になりそうですので、中国語を学びながら細々ながら更新していきます。 どうぞよろしく~~。

1月30日(土)に神奈川県川崎市多摩区、小田急線生田駅又は向ヶ丘遊園駅に近い明治大学生田キャンパス内にある『明治大学平和教育登戸研究所資料館』を見学して参りました。

このキャンパスは、旧日本陸軍の登戸研究所の敷地内にあり、古くは研究所の建物が使用されてきました。しかし残っていた建物も老朽化が進み撤去され、第二科が使用し、その後明治大学農学部が利用していた研究施設を、当時をなるべく残すように復元して資料館として2010年より一般に開放しています。

今回、中国語を習っている日中学院にある『日中学院9条の会』のお誘いに乗り、友人を誘って見学して来ました。


当日、我々10名ほどと他20名の合計30名ほどが、明治大学文学部教授でこの資料館館長の山田朗先生から、キャンパス内の登戸研究所史跡と資料館について丁寧な説明を2時間半受けてきました。
非常に興味深く、今だからこそもっと多くの人に流布して行くべきだし、中高生に是非見せるべき施設だと痛切に思いました。
行くのが遅過ぎて大反省しているところです。

以下の内容は、資料館サイトや当日頂いた詳しいガイドブックなどを参考にしたり、抜粋してあります。

登戸研究所については、明治大学平和教育登戸研究所資料館のサイトがありますので是非目を通して頂きたいと思いますが、簡単に説明すると、この登戸研究所は、旧日本陸軍の秘密戦のための兵器・資材を研究開発するために設置した研究所で、その存在は陸軍の中でも秘密にされていたそうです。

従ってその存在は記録されておらず、戦後も関係者が口を閉ざしており、全貌は分かっていませんでした。 ところが1980年代より、この地域の一般市民、教員、高校生たちが自分の住んでいる地域の歴史を調べようとする動きがあり、また、この研究所が戦局の悪化に伴い長野県伊那地方に疎開したのですが、その地域の高校生による働きかけがあり、口を閉ざしていた元少佐(伴繁雄著『陸軍登戸研究所の真実』)の心を動かして貴重な証言を得たことにより、研究所の全貌が明らかになってきたということのようです。少佐が口を開いたことにより、部下であった者は口を開き易くなり、貴重な証言が集まってきたということです。

この研究所は『第九陸軍技術研究所』として開設され、当初は電波兵器の開発施設でした。その後名称も『陸軍科学研究所登戸出張所』と変更され、内容も拡充していき4つの科がありました。

第一科 風船爆弾の開発(実際の製作は、全国津々浦々の女学生が動員され、和紙とこんにゃく糊により造った。有楽町にあった日劇や宝塚劇場なども製造場所となったそうです。)

ここでは、10分の1サイズの模型を見たり、和紙を張り重ねてこんにゃく糊を塗ってあたかもビニールのように複製された部品に触れることが出来ます。

偏西風に載せて米国本国まで飛ばした数は9300発とされていて、様々な非常に精巧な技術を使った開発であったそうです。

第二科 生物兵器、スパイ機材の研究開発。青酸ニトリルの開発に成功し、国外の陸軍部隊の司令部や特務機関に送られていたそうです。

第三科 偽札製造。日中戦争が泥沼化する中で、中国の経済を撹乱させる目的で偽札工作が行われた。当時の中国紙幣は英国や米国の技術だったので日本は遅れていたが、内閣印刷局や凸版印刷などの機関や企業の協力を得て1940年にはほぼ同水準の紙幣を製造できていた。その頃の日本の国家予算が200億円で、偽札は40億元を発行していたと言われている。

1041年には香港の印刷工場を接収したので、「ほんもの」の紙幣を製造できるようになった。中国政府も察知して地方政府へ偽造紙幣を警戒するように通達を出していた。
ところがそのうち本物と見分けがつかなくなってしまった。 日本軍はこれで物資の調達を行い、中国でこれに携わった日本人の中で、莫大な富を得て戦後も暗躍した大物が現れた・・・。誰だが分かりますか?

偽札製造は国際法的にも道義的にも問題になるため、第三科は研究所内でも秘密にされており、一部の所員が証言を行うまで実態がほとんど分かっていなかったそうです。

この関連の施設は最近まで残っていたようですが、老朽化のため2011年に解体されたとのことです。

第四科 第一科、二科の製造など

この資料館の特徴は、
1.旧日本軍の研究施設をそのまま保存・活用した全国唯一の事例であること。当時は第二科実験棟のひとつで、農作物を枯らす細菌兵器の開発等であった。その姿に近いものに復元した。

2.歴史に記録されていない秘密戦に焦点をあてた日本で唯一の資料館である。

3.研究所の全貌を実証的、視覚的に展示した唯一の常設資料館である。 歴史的事実を直視して語り継ぐことに重点をおいている。

4.研究所の史実発掘課程も展示の対象にしたこと。地元や研究所疎開先の市民、教師や高校生による働きかけが、元所員の貴重な証言を引き出したことにより、歴史や戦争の暗部を解明するきっかけになった課程が分かるように展示してある。

(つづく)
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