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元中電役員、元関電副社長 政界への裏金について語る

2014.07.28 23:25|未分類
朝日新聞が、過去の中部電力の政界(県知事や地元国会議員)への裏金授受について独自のスクープを続けています。そして本日も大スクープです。

*中部電力、政界に裏金2.5億円 元役員が証言 (7/20 朝日
*(原発利権を追う)知事選は建設会社、便利な裏金だった (7/20 朝日
*中部電、4県の知事候補に裏金 愛知前知事認める (7/21 朝日
*(原発利権を追う 裏金システム)本店9階、書庫で現金管理 業者、長く深く中部電接近 (7/22 朝日
*(原発利権を追う 裏金システム)2人の議員側に1億4000万円 (7/23 朝日)

中部電力の元役員が朝日新聞に証言したところによると、その元役員は2004年までの20年間に、中部地方4県の知事選挙候補や中部地方の国会議員などに、取引先の建設会社等に工面させた資金を、簿外で管理して現金で渡していた。少なくとも2億5千万円。建設会社には見返りとして原発関連工事等の発注額に上乗せしたとのこと。
政界対策資金が電気料金で賄われた可能性がある。

資金協力したとされる会社のうちの1社の元幹部は大筋で事実関係を認めている。が、中部電力は承知していないとし、他の会社はその事実を把握していないと認めていない。

この裏金問題を元役員が口にしたのは、8回目の取材から。 この裏金問題は刑事事件としての時効が成立しているが、実名証言だけは断った。
(この件につき、デモクラTV本会議では、贈収賄罪には時効を適用しない法改正を野党が議員立法で提出すれば与党も反対できないのではないかという提案がありました。時効があるので元役員が話す気になったのではと思うのですが?? 上手くいくのならこれから捜査して罪を問いたいですね。 また中部電力に説明責任があるが、朝日は調査報道で頑張ったが、一社では限界があるので、他社の追随と市民の頑張りが必要とのこと)

また、この証言の裏付けとして、神田真秋前愛知県知事が、1999年の知事選告示前に金額は記憶にないが受け取ったと授受の一部を認めている。
元役員は、計1億4千万円を2人の国会議員にも配ったと証言した。首相経験者から依頼され学生を中部電力に入社させたこもあり、政治家を押さえれば霞ヶ関にいも影響力を行使出来ると語った。議員秘書は授受を否定。

裏金は芦浜原発の立地に関して、地元漁協の反対派の切り崩し耕作、賛成派のつなぎ留め工作にも使われた。元役員は裏金を使わなくてすむ時代は来ないと思うと語った。


関電、歴代首相7人に年2千万円献金 元副社長が証言 (7/28 朝日

本日の朝日の続報は、関電の元副社長・内籐千百里氏が、1072年から18年わたり、歴代首相7人に年2000万円、政界全体に配った資金は年間数億円に上った。原発政策の推進や電力会社の発展が目的で、原資はすべて電気料金だったと実名で明らかにした。

リンクの動画で、何故今話そうと思ったのか?に内籐氏答えて、「原子力発電所、安全と思ったことがないんです。時代に逆行することは出来ない。正しいことは、言うておかないとあかんなあという、そういう素朴な、死を前にした気持ちじゃないですか。」

歴代首相は、田中角栄、三木武夫、福田赳夫、大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘、竹下登の7人。 関係者が否定する中で、大平元首相の会計担当だった小国宏氏はその授受を認めた。

内籐氏への取材は昨年12月から今年7月まで23回、69時間に及んだ。実名での報道は拒んでいたが、しだいに軟化、動画の撮影にも応じた。東電福島事故を機に心境が変化したという。「なぜ今も汚染水をコントロールできないのか。地質調査をしたはずなのに、なぜ地下水の影響が大きい場所に原発を建てたのか」
「政府の監督の甘さがあった。長年築いてきた政官電の関係に問題があった」と感じ、みずからの足跡をたどって戦後の三者の関係を再考したいと思った。

本日の報道ステーションでも取り上げられました。

朝日新聞の記事は追記に

関〔西〕電〔力〕,歴代首相に年2000万円 計7人,〔19〕72年から18年献金 内藤〔千百里〕元副社長が証言」2014年7月28日朝日 朝刊)

 関西電力で政界工作を長年担った内藤千百里(ちもり)元副社長(91歳)が朝日新聞の取材に応じ,少なくとも1972年から18年間,在任中の歴代首相7人に「盆暮れに1千万円ずつ献金してきた」と証言した。政界全体に配った資金は年間数億円に上ったという。原発政策の推進や電力会社の発展が目的で,「原資はすべて電気料金だった」と語った。多額の電力マネーを政権中枢に流しこんできた歴史を当事者が実名で明らかにした。

 内藤氏が献金したと『朝日新聞』2014年7月28日朝刊2内藤千百里証言した7人は,田中角栄,三木武夫,福田赳夫,大平正芳,鈴木善幸,中曽根康弘,竹下 登の各元首相(中曽根氏以外は故人)。

 内藤氏は1947年に京都大学経済学部を卒業し,関電前身の関西配電に入社。1962年に芦原(あしはら)義重社長(故人)の秘書になり,政財界とのパイプ役を約30年務めた。関電の原発依存度は震災前は5割を超え業界でも高く,原発導入を円滑に進めるには政界工作が重要だったという。

 内藤氏は2013年12月から今〔2014〕年7月にかけて69時間取材に応じ,2011年3月の東京電力福島第1原発の事故について「政府の対応はけしからん」「長年築いてきた政・官・電力の関係に問題があった」と指摘したうえ,多額の政治献金を電気料金で賄ってきた関電の歴史を詳細に語った。

 さらに「関電には芦原さんが直接,総理大臣や党の実力者に配る資金があった。トップシークレットだった」と証言。首相や自民党有力者らに毎年2回,盆暮れのあいさつと称して各200万~1千万円の現金を運ぶ慣行があったと明かし,授受の様子や政治家の反応を細かく語った。

 当時は政治家個人への企業献金は法律で禁止されていないが,電力各社は1974年,「政治献金分まで電気料金を支払いたくない」という世論を受けて企業献金の廃止を宣言。内藤氏は当時の業界は「そんなことをでき来るわけがない。政治家を敵に回したらなにも動かない」という雰囲気だったとし,その後も政治献金を水面下で続けたと証言した。

 献金の理由は「一に電力の安泰。二に国家の繁栄」とし,「天下国家のために渡すカネで,具体的な目的があったわけではない。許認可権を握られている電力会社にとって権力に対する一つの立ち居振る舞いだった。漢方薬のように時間をかけて効果が出ることを期待していた」と強調した。

 関電広報室は「承知していない」と取材に答えた。

 1) 元首相側は否定
 内藤氏が献金したと証言した7人の元首相側は取材に対し,「そのような事実はないと思う」「わからない」などと答えた。

 政治資金規正法は金権スキャンダルのたびに改正を重ねた。ロッキード事件後の1980年に政治家個人が受けた献金の収支報告が義務化され,リクルート事件や東京佐川急便事件を受けて1999年に政治家個人への企業・団体献金が禁止された。19999年までは政治資金収支報告書に記載していれば問題ないが,記載の有無は取材で確認できなかった。

 2) 痛烈な自己批判だ
 歴史の関係者から話を聞き取る「オーラルヒストリー」第一人者の御厨 貴東大客員教授の話。「電力を独占供給する巨大公益企業の政界工作を中枢の元役員が明かした衝撃の告白だ。これほど痛烈な自己批判は過去にない。歴史をこの国に記録として残そうとする勇気ある行為だ」。

 「関電は電気料金を使って政治家を値踏みし,政界のタニマチ的存在になっていた。巨額献金が独占支配を強め,自由化を嫌がる自己改革のできない組織にさせたに違いない。内藤氏は電力業界に誤りはないと信じてきたが,原発事故で過信だったと気づいた。関電にとってめざ指すべきモデルで超えるべき対象だった東電の事故は,裏方仕事が国家のために役立つと信じてきた彼の価値観を画期的に変えたのだろう」。

 「電力を各地域の独占企業が担いつづけていいのか。この告白は業界への戒めであり,世論への問いかけだ」。

 ②「〈原発利権を追う〉金を渡すと角さんは『頂いたよ』」

 1) 関電の裏面史,内藤千百里・元副社長の独白
 関西電力社長・会長を歴任した芦原義重の政治担当秘書を務めた内藤千百里は,田中角栄秘書だった佐藤昭子と長い友人だ。田中の首相在任中の1972~1974年に政治献金を持参した場面から,内藤の告白は始まる。

    ◆ 芦原さんが角さんの事務所で1千万円を渡すと,角さんは「おーい。頂いたよ」と昭さんに伝える。昭さんは「そうですかー」と受けとりに来る。1千万円は紙袋や風呂敷でもっていく。大した重さではなかったね。私が昭さんに電話で「いきますよー」といえば,「いらっしゃーい」と面会を入れてくれた。

    ◆ 芦原さんが直接,総理や党の実力者に渡す資金がありますねん。会社のトップクラスのみしっている。総理には盆暮れに各1千万円ずつ計2千万円。総理を辞めたあとにも同額を渡した人はいた。辞めたからといって800万円に下げるわけにはいかんでしょ。

 盆暮れに政治家に現金を届けるのが芦原と内藤の「務め」だった。電力各社は1974年に政治家への献金をやめると宣言したが,関電はひそかに続けたという。

    ◆ 官房長官,自民党幹事長,政調会長ら実力者と野党幹部には1回200万~700万円。年間総額は数億円になると思う。私が政治家の実績を伝えると,芦原さんが金額をパパッと決めた。芦原さんと一緒に運んだのは年間14,15人はおるでしょうな。他の役員が運んだ分もあった。

 芦原さんと新幹線で大阪からいき,東京駅に専用車が迎えに来た。私が秘書に面会の約束をとり,政治家の事務所や自宅へ向かう。総理の場合,人目につかない早朝に自宅を訪ねることが多かった。前の晩に芦原さんと東京へ入り,皇居近くの定宿に泊まる。現金は私が枕元に置いて寝た。

 内藤はいま91歳。政界とのかかわりは1962年に社長秘書になってからだ。以来25年間,電力業界を代表する政治担当と呼ばれた。福島原発事故とその後の混迷をみて,みずからの歩みを実名で語る決心をした。69時間にわたる独白は,戦後電力史の裏側を浮き彫りにするものだ。

 2) 原発事故で再考,証言「後世に」
 関電元副社長の内藤千百里氏は,政治献金について「関電のみならず関西財界を東京と同じ地位までレベルアップする」目的とし,芦原義重元会長はその結果,「総理大臣と一対一でいつでも話しあえる関係になった」と証言した。
 補注)関西電力の東京電力に対するライバル意識は非常に強烈であったという。しかし,いまでは「3・11」の東電福島第1原発の大事故のため,両社のその勢力均衡図は崩れている。関西電力が電力業界では指導性を発揮する役割が期待されている。それだけに,この内藤千百里の告発・告白は,新たに電力業界のあり方に対して大きな波紋を投じている。

 これまで政界工作を明かすことはなかった。政界,官界,電力業界のつきあいは「天下国家のため」と思い,原発に疑いを抱いたこともなかった。いまも芦原氏と自分が果たした役割への自負はあるという。

 芦原・内藤両氏は1987年に経営を私物化していると批判され,取締役を解任された。内藤氏は東京電力福島第1原発の事故を機に心境が変化したという。「なぜ今も汚染水をコントロールできないのか。地質調査をしたはずなのに,なぜ地下水の影響が大きい場所に原発を建てたのか」。

 「政府の監督の甘さがあった。長年築いてきた三者の関係に問題があった」とも感じ,みずからの足跡をたどって戦後の政官電の関係を再考したいと思った。2013年に90歳になったことも「実名告白」の背中を押したという。「死を意識するほど自分の歩んで来た道を思い出した。いままで口を割らなかったことを話す気持になった時に記者が来た。後世に役立つと思った」。
 補注)90歳という年齢が内藤千百里の告発・告白を覚悟・準備させたことが理解できる。

 3)「初耳」「ルール守り受領」,歴代首相7人の関係者ら
 関電の内藤元副社長の証言に対し,中曽根康弘元首相の事務所は取材に「秘書官は故人で当時をわかる者が事務所にいない。そういうことはなかったと思う。元首相本人は高齢のため確認していない」。本人への確認を再度求めたが,7月27日までに回答はなかった。

 田中角栄元首相の長女真紀子氏の事務所は「関係者に確認したが初耳との答えだった」。三木武夫元首相の長男啓史氏は「そのような事実はなかったと思う。当時の秘書官は故人となり確認は難しい」。福田赳夫元首相の長男康夫元首相は「わかりかねる」とした。

 大平正芳元首相の秘書官だった森田 一氏は「盆暮れに私邸に来たことはある。1千万円の授受は初めて聞いた」。会計担当だった小国 宏氏は「私邸で受け渡しはなかったと思う。関電東京支社で内藤さんから金を受けた記憶はある。関電宛ての数団体の領収書を送った。政治資金ルールを守っていた」。鈴木善幸元首相の秘書官だった材津昭吾氏は「面談を依頼された記憶もない」。竹下登元首相の弟亘氏は「そういう話は聞いたことがない」とした。
 補注)ただ1人,故大平正芳の関係者のみ内藤千百里との関係があった事実そのものを認めているが,あとは全員の関係者が「まずは否認」という応答ぶりは,いつもの定型どおりの展開である。

 4) 取材69時間,詳細に(記者は見た)
 内藤氏への取材は昨〔2013〕年12月から今〔2014〕年7月まで23回,69時間に及んだ。初めて自宅を訪ねたときは険しい顔で質問の意図を問い返し,記者がなにをつかんでいるのか探っている印象だった。

 現金を運ぶ場面を話し始めたのは数カ月後だ。歴代首相を「角さん」「竹さん」と呼び,口調や癖を身ぶり手ぶりで再現した。秘書や家族とのエピソードも細かく記憶していた。

 実名での報道は「いまさら人のまなざしを集めたくない」と拒んでいたが,しだいに軟化。政治家との手紙やはがき,会合の案内状や名簿を提供し,動画の撮影にも応じた。記事化が近づいた今〔7〕月上旬,「事実をしゃべるほど不安は大きい。でも,どう解釈するかは皆さんの判断や」と記者に語った。毎回帽子姿でさっそうと現われたが,お金の話になると一転,身を乗り出して眼光が鋭くなった。
 補注)「事実をしゃべるほど不安は大きい」といった発言に注目したい。




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