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1/8そもそも総研「そもそも日本国憲法は既に死んでいる!?」

2015.01.08 17:08|2015 そもそも総研
本日1/8のそもそも総研は、昨年ベストセラーにもなった矢部宏治氏の『日本はなぜ、「基地」と「原発」をとめられないのか』を取り上げ、日本国憲法の上位にあるものについて焦点を当てました。
玉川氏の問題提起はこの短い時間では理解できないと思いますので、この本を一読することをお薦めします。
え~っと思うところが随所にあります。

それから、当のアメリカでは秘密文書が30年で解禁になり公文書館で読むことで出来るのに対して、これまでも日本では情報開示が徹底しておらずにアメリカの資料で知ることになったことが多いのにも拘らず、「特定秘密保護法」でますます私達の知る権利がおびやかされてしまっていることも指摘しておきたい。

これまでそもそも総研で扱った関連記事
砂川事件の「伊達判決」について
*20113/8/15 そもそも総研「そもそも戦後は本当に終わったのだろうか?」
*2014/4/17そもそも総研「そもそも最高裁判決は、集団的自衛権の行使を認めているのだろうか?」(その1)
*4/17そもそも総研「そもそも最高裁判決は、集団的自衛権の行使を認めているのだろうか?」(その2)

米軍基地を追い出したフィリピンについてl
*2014/5/8 そもそも総研 「そもそも米軍基地がなくなっても問題ない国があるのだろうか」

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1/8 そもそも総研たまペディア「そもそも日本国憲法は既に死んでいる!?」

玉川: 今年は戦後70年。「そもそも日本国憲法は既に死んでいる!?」のではないかということで、憲法はあるが、すでに死んでいるのではないかという話で、今日は日本国憲法を見つめていくと、この国の見えていなかった構造が見えてくるんじゃないかというテーマになっている。

<ついに憲法改定への動きが・・・>
第3次安倍内閣発足で、安倍総理「憲法改正は自民党血結党以来の大きな目標」(12/24)
安倍政権は憲法改定の方向性を本気で考えていることが随所から伝わってくる。

しかし、私達は憲法について本気で考えているのだろうか?
政治家は憲法を変えるよと言ってきているが、それに対して私達は深い理解が出来ているのだろうかとずっと考えている。今日はそこを考えて見たいと思う。

<日本国憲法は本当に生きている?>
今日は「ダカーポ」というところが毎年末に、新聞や雑誌の書評の担当者に投票してもらって書評者が選ぶベストワンを決めるが、そのBOOK OF THE YEAR 今年最高の本2014 第1位に選ばれた 『日本はなぜ、「基地」と「原発」をとめられないのか』の著者・矢部浩治氏
この矢部氏が「日本国憲法は死んでいる」とこの本の中でも書いているということで、一体どういうことだろうと話を聞いてきた。

玉川: 今の日本国憲法をめぐる問題の何が問題だと考えているか?
矢部: 今“改憲論議”とか“憲法論議”とかあるが、それ以前に日本国憲法は機能していないんじゃないかということを一番感じている。一番分かりやすいのはやっぱり沖縄。

(説明)
P1050652-s.jpg

これは去年3月の普天間基地に所属するヘリコプターとオスプレイの訓練ルートを示した図。基地の南側、沖縄県民が暮らす住宅密集地の上空を頻繁に飛行している一方、米軍住宅が点在するエリアには飛行していないことが分かる。

矢部: アメリカ人の家の上は飛ばない。何故か? 落ちたら危ないからだ。
日本人の家の上に落ちても危ないのは一緒だが、沖縄に住むアメリカ人はアメリカ合衆国憲法によって人権が守られているわけだ。ところが沖縄に住む日本人は日本国憲法によってその人権は守られていない。それは全く沖縄以外の場所でも同じだということ。

P1050621-s.jpg

玉川: 憲法が私達の生活を守る“最後の防波堤”のはずなんですよね。
矢部: 本当は国が横暴なことをした時に“市民を守るのが憲法”。それが完全に機能していない。それが一番表れているのが沖縄と福島だと思っている。

(説明)
憲法は、私達の生活を“指導者の勝手”から守る最後の防波堤。そんな憲法が機能していないと指摘する矢部氏。それでは“憲法が機能しなくなった”のはいつからなのか?

矢部: 最初に言いたいのが、日本国憲法は誰が書いたのか。“日本人が書いたのか”“占領軍が書いたのか”議論がある。これはもう終わらせないといけない。
占領軍自身が、憲法を書いた3年後に自分達が書いたと本に書いている。

玉川: それはGHQ が出した本?

(説明)
矢部氏が示す資料には、こう書かれている。
「日本の政治的再編」GHQ民生局編から
最高司令官(マッカーサー)が、新しい日本の憲法の基本と考える詳細な“声明”を用意させたこと。その“声明”は憲法草案の形で日本政府に手渡されること。そして日本政府はその内容に最大限の考慮を払い、憲法改定の指針として用いるよう勧告されることを述べた。

つまり、憲法草案を日本政府に手渡し、この内容に沿って憲法を改定するようGHQが求めたと書かれている。
GHQが書いた日本国憲法という事実が、憲法をとりまく状況にねじれを呼んだと矢部氏は指摘する。

矢部: ここで重要なポイントが2つある。
① 占領軍が密室で書き受け入れを強要した。
② 内容は当時の日本人には絶対書けない良いものだった。人権を非常に保護する内容だった。
この2つが非常にねじれているわけだ。
右派は、GHQが書いたから悪いものだから変えようと。その時は人権を少なくする方で変えようとする。
リベラル派は、内容はいいから歴史的事実は議論しないで全く手を触れないでこのまま行こうと。
そういう形が続いてきて、噛み合った議論が一切されてこなかった。

(スタジオ)
玉川: 僕がこの本を読んで一番膝を叩いたのがここのポイントだ。
今まで護憲派と改憲派がずっといて、闘いが続いていたということはご存知だと思うが、それを分析したのはなるほどと思った。

P1050623-s.jpg

① を重要視する人は改憲派という人達。つまり日本人が書いたのではない、押し付けの憲法だから日本人が書き変えないといけない。ところが書き換えないといけないという人達は、どちらかと言うと人権を後退させる方向で変えたいという人が多かった。
② 良いものなら一歩も触れさせない方がいいのではないかという人達は、否アメリカが書いたのではない。日本人も一緒に入って書いているんだということを主張してきた。

この闘いだ。でも選択肢はこの二つだけではないはず。
変える変えない以外に、良く変えるという方法もあったはずだ。つまり人権をもっと確実にしましょう。それから絶対に戦争を日本から起こさないようにもっと解釈の余地の無いぐらいに憲法を変えましょうという選択肢もあったはずなのに、この両者の対立がずっと続いてきてしまった。これが戦後の憲法を巡る状況だったと矢部氏は分析している。

松尾: 憲法草案がよく出るが、深く読み込んではいないが、どうも人権が後退する方向のものが多いように感じられる。だから良い方向に変えてもらうのはいいし、憲法を育てるというような気持ちで、生まれはアメリカだが、良いものを作ってくれてありがとうというところでそれを洗練させていくということにやぶさかでない人が多いと思う。

玉川: 今の日本人全体の感覚としては、第三の選択肢ももしかしたらあり得るのではないかとも思う。
また矢部氏は、9条が書かれた時は、お花畑でも理想論でもなかった。9条で日本軍は戦力を持たないと決めた。と同時にこの時は国連軍を作る構想があった。当時の連合国が軍隊を出し合って不埒な国があったら国連軍が押さえようと。日本に軍隊がなくても国連軍が代わりをしようという構想があって書かれた憲法だった。当時の指導者・権力者達は共産化するのを嫌だった。ソ連がやってきて共産主義になると、権力者達は殺される危険性すらあった。共産化が嫌だった。だから、国連軍がないなら米軍にいてもらわなければいけないということで、米軍の駐留が始まり続くことになる。そうすると、矛盾が出る。日本国憲法で戦力は持たないと書いてあるのに、米軍がいるじゃないか。その矛盾が砂川裁判に顕在化した。

<憲法はいつ死んだ?>
ここがポイントになってくる。

矢部氏が指摘する日本国憲法が死んだ日は、昭和34年(1959年)12月16日。

矢部: 米軍は世界最大の攻撃力を持つ軍隊だから、普通に考えると憲法9条2項違反だ。
玉川: 戦力の不保持ということに・・・
矢部: 完全に違反している。
玉川: 日本の中に戦力がいるじゃないかと。
矢部: 結局それが1959年の「砂川裁判」でその矛盾を覆い隠すために、「日米安保条約」のような高度の政治判断を要する問題については、憲法判断をしないという最高裁判決が生まれてしまった。

(説明)
砂川事件とは、1957年7月、米軍旧立川基地の拡張工事に反対するデモ隊の一部が、無許可で敷地内に侵入したとして、7人が起訴された事件。
一審の東京地裁(1959年3月)では米軍の駐留自体を違憲とし、7人には無罪の判決が下された。

P1050627-s.jpg

しかし最高裁(1959年12月)は「日米安保条約のような高度に政治的な問題は、司法の判断になじまない」と憲法判断を回避。結局7人は有罪となった。
この最高裁判決が下された瞬間こそ、“日本国憲法が死んだ瞬間”と矢部氏は指摘する。

P1050629-s.jpg

玉川: “憲法がそこで死んだ”と言っても意味が分からないと思うが。どういう意味か?

矢部: そもそも条約は、日本の普通の法律より強い。日米安保条約のような条約を結んだら、普通の法律は一部変更されたり特別法が出来たりするが、そういう条約によって国民の人権が侵害されたら、憲法が機能して人権侵害に歯止めをかけないといけない。これが普通の法治国家。

ところが、砂川事件の最高裁判決によって、安保に関する条約は憲法判断をしないとしたわけだから、安保に関する法体系の方が日本国の憲法体系よりも強いという形が確定してしまうわけだ。

玉川: 憲法はあるが働いていない状態が・・・
矢部: 機能不全に陥ってしまったということです。

(スタジオ)
玉川: これもなるほどと思ったところだが、 

P1050634-s.jpg

条約と国内法では、法学者の間では一般的に国内の法律よりも外国との約束の方が優先する、ということは一般的な法理論だ。だから国内法より条約の方が上だ。

しかし、日本国憲法には国の最高法規だと書かれているから、憲法はトップでなければいけないわけだ。仮に条約を結んだことにより国内法が変わった、日米安保条約により家の上を飛行機が飛んだとしても、国内法違反ではあるが条約上仕方がないということはあるが、それで人権が侵害されたら、憲法違反で変えることが出来るのが普通の立憲主義というもの。

ところが、日本では砂川裁判で憲法判断をしないと言ってしまったので、これ(憲法)が無いのと一緒だから、ただ単に国内法よりも安保条約が上になってしまった。いくら人権が侵害されたとしても止める方法がない。これでは憲法が死んでいるのと同じでしょうという話。

でも私身近に関係ないと思う人もあると思うが、今も多くの人が苦しんでいる状況があるでしょうという話。

<私達の生活に影響はあるの?>
玉川: 憲法が機能停止しているとしても、「でも別に私達の生活に影響ないわ」という人が結構多いと思うが。
矢部: 例えば沖縄を中心に、基地による騒音被害は物凄くあるわけだ。爆音は本当に健康に影響を与えるぐらいの大きな音がするから、それを裁判でやっても健康被害があるということは認めるけれど、米軍機の飛行差止めはしない。そういう矛盾した判決が出てしまう。

P1050636-s.jpg


(説明)
これまで在日米軍基地をめぐっては、横田基地や厚木基地で騒音訴訟が繰り返されてきた。国は騒音による被害は認めたものの、米軍機の夜間、早朝の飛行差し止めについてはすべての訴えを棄却ないし却下してきた。その背後には砂川事件の判例がある。
更に矢部氏は、現状の日本は占領下と何ら変わらないと主張する。

玉川: 国連軍は出来なかった。米軍に代わりをやってもらおうということになったが、それで「何か問題があるんですか」と思う人もいると思うが。
矢部: 一言で言うと、それによって占領状態が継続したわけ。軍事的には。
玉川: いまだに占領状態と一緒ということか。
矢部: そういうことだ。全然大袈裟ではない。というのは、アメリカ側の物凄くしっかりした公文書がある。

(説明)
戦後70年、日本は未だに占領下にあると矢部氏は指摘する。
その証拠が、アメリカの公文書に残されているという。

日米間が交わした公文書に詳しいジャーナリスト・吉田敏浩氏は、
玉川: 70年前には、日本が戦争に負けて米軍に占領されるという状況があったわけだ。これは過去の話と言えるのか、いかがか?
吉田: 決して過去の話ではないと思う。アメリカ軍が自由に訓練をしたり基地を使っていると。そういう事実上の治外法権といえる特権をずっと占領期と同じように保持しているのが実態だ。

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玉川: それは何故分かるのか?
吉田: アメリカで30年たって情報開示された解禁秘密文書の中に書かれているからだ。
1957年の在日アメリカ大使館からアメリカ国務省への報告に、新しい基地を作る時に、どのように使うかという要件はアメリカ側が決める。そしてアメリカは自由に日本全国どこでも訓練が出来るというようなことが保障されている内容が書かれている。

(説明)
これは駐日米大使館から米国務省への“極秘”報告書「在日米軍基地に関する報告」(1957年2月14日付・新原昭治氏提供)

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中には、“安保条約の下では、日本政府といかなる相談もなしに、米軍を使うことが出来る。”
行政協定の下では、新しい基地について条件を決める権利も、現存する基地を保持し続ける権利も米国の判断に委ねられている。”と記されている。
更に、この約束は、1960年の安保改定を越え今の生き残っているという。

吉田: 60年安保改定の時は変えたが、そのウラで当時の岸政権とアメリカ政権の間で、占領時代・旧安保条約とも同じアメリカ軍の基地の自由使用、自由に活動するという特権は継続するという日米の密約が実は結ばれていた。

(説明)
日米間の密約の存在を示す“もう一つの秘密文書”とは。そこに書かれていたことは・・・。

1060年に安保条約改定時に取り交わされたこの文書(1957年)には、
“これまでのアメリカの特権的地位は変わることなく続く”と占領期の権利を継続する密約が書かれている。

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つまり、実質的には戦後すぐの占領下の状況と何も変わっていないことを表している。

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玉川: 憲法が今生きていないということは理解できたが、どういう不利益が日本人に今あり、これからあり得るのか?
矢部: 安保だとか原子力だとか、アメリカと条約を結んでいるジャンルに関しては、全く憲法が機能しない。そのジャンルで国民の人権が侵害されても自分達はそれを留める方法がない。

(スタジオ)
玉川: というのが現実だと。占領期と同じ状況が今も権利的には続いていると。ええ~っ、と思うかもしれないが、どこの独立国の首都圏の上空の管制が、他国の軍隊にすべて握られている国があるかという話。これ一つとって見ても分かるじゃないか。一番中枢だ。
その上空が今でも管制やっている。

ということで、
きょうのむすび: 憲法がないがしろにされるのは、憲法が生きていないからだったのではないか。

と改めて思う。 安全保障分野では拡大解釈、拡大解釈を続けてきた。それは最高裁を含めて憲法を機能停止させているのだから、国全体としてそういうことなのではないかというようにすら思える。

宮田: 確かにVTRにもあったが、基地問題とか原発に対する国の対処を見ていると、日本国憲法の大原則みたいなところは守られているのか、国民が国の暴走を防ぐための機能は果たされているのかと疑問に思うところはある。だとしたら、もしかしたら改憲という方法で日本人の手に憲法を取り戻すという方法もあるのかもしれないとちょっと思った。
でも自民党が今改憲しようとしている理由に、これを感じたことは少なくとも一回もない。

赤江: 憲法が、為政者から自分達の人権を守る最後の砦・最後の武器という認識を持たないと、奪われたり変えたりは重要なのに、その認識がないのが危ないなと思う。

羽鳥: 死んでいるという表現はなかなか過激かなと思ったが、完全に機能不全であるんだなというのは、今のを見て分かった。
松尾: 高度な政治判断はしないと最高裁が言ってしまったということが、そのままOKという状態が続いているとしたら、この先とんでもないことが起こっても、許されるというか目をつぶっているということになりかねない。

玉川: なので、今年はこの憲法の問題を、それから最高裁の問題も併せて取り上げていこうと思う今日のそもそも総研でした。

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