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6/25 そもそも総研 『そもそも翁長知事の訪米戦略は、本当に“不発”なのだろうか?』

2015.06.27 23:57|2015 そもそも総研
一昨日、自民党の若手政治家が「反安倍」に対抗するために立ちあげた会合で、元NHK経営委員の百田氏が「沖縄のメディアをつぶせ」と発言して物議を醸しています。また、 その会合では「マスコミをこらしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働き掛けてほしい」との発言もあったそうです。

政治家の劣化はひどいものですが、それを選んだ我々も劣化が進んでいるということなのでしょう。
そのためか、または世論の面前では発言させないということなのか、昨夜の「朝まで生テレビ」に自民党、公明党の議員が出演を拒否しました。

原発事故以降、国力が極端に低下してきているような・・・。 

それに対して、沖縄の新しい動きが加速しています。 これまでの所謂知日派(知日派というと日本の味方のように聞こえませんか? 事実を隠ぺいする造語だと思いませんか?)の路線に乗っかった日本の外交政策でなく、リベラルな政治家へ直接訴える方法で、沖縄の現状を伝えています。これに多額に費用がかかるそうで、辺野古基金が生かされています。
この動きについていけないメディアは、1回の訪米で成果がないと報道しますが、何もこれで終わるわけではありません。
他にもいろいろ策を練っていると思われます。
それに比べて、日本の外交、特に外務省は何もやっていないということ。それこそ税金泥棒と言いたい。

6/25 そもそも総研 『そもそも翁長知事の訪米戦略は、本当に“不発”なのだろうか?』

何故今回の訪米が不発だったのだろうかと言うと、日本の特に東京のメディアの新聞を見ると、“不発“だとか、“成果があまりなかった “ということが書かれている。本当にそうなのかと思って取材した。

<日本政府と米政府 沖縄への対応は―>
一昨日(6/23)、実質的に沖縄戦が終わってからちょうど70年の「慰霊の日」だった。
出席した安倍総理と翁長知事の2ショットが写っているが、本当の2ショットは帰りの空港で約5分の会談しかなかった。

P1060159-s.jpg

もう一方の当事者のアメリカは、先週の金曜日ケネディ駐日大使が約40分の会談をしている。

この二人共、翁長知事が会談を申し込んでもなかなか受けなかった。しかし先週になってケネディ大使が応じたという背景には、もしかすると・・・・翁長知事がワシントンを訪問したということがあったかもしれないなと思ったりする。

<そもそも何故翁長知事はアメリカに行ったのか>
沖縄県民大会(5/17)
翁長知事: 多くの県民の負託を受けた知事として、県の有するあらゆる手法を用いて辺野古に新基地は造らせない。この公約実現に向けて全力で取り組んでいくことを皆さんに改めて決意する。

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米軍普天間基地の辺野古移設に反対する沖縄県民大会には3万5千人が集結。沖縄の世論の大きな後押しを受けた翁長知事は、アメリカに直接移設反対を訴えるため先月末に訪米した。 10日間の日程でワシントン・ハワイを訪問。米政府高官や連邦議会議員らと会談した。
P1060163-s.jpg 
(県民大会に多くの人々が参集したという新聞記事を見せているようです。 by schnauzer)




ワシントン(6/2)
翁長知事: (マケイン)上院軍事委員会委員長と(リード)副委員長とお話し出来たということが、また沖縄の気持ちを伝えられたということが、大変意義があったのではないか。継続して話をしていただけるということなので、私からすると大変有意義だったなと思う。
ジョン・マケイン上院軍事委員会委員長はかつて(2011年)「辺野古移設は不可能」と公言していた。 翁長知事との会談後、マケイン議員は“継続して対話していきたい”との声明を発表したものの、「辺野古への移設計画支持」との考えを示している。

ワシントンでの日程を終えた翁長知事は会見で(6/3)、
翁長知事: この成果は間違いなくアメリカに来る前のものに比べれば、大きな上乗せがあったわけである。一歩一歩間違いなく前進をしてきているなというようなことがある。
と訪米の成果を強調した。

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一方日本政府は(6/4)
菅官房長官: 米国政府は、辺野古への移設が普天間飛行場の継続的な使用を回避するための唯一の解決策であるという立場を再確認したということであり、知事も時間をかけて米国まで行ってきたんですから、正に辺野古移設は唯一の解決策であるということも認識して帰ってこられたんじゃないかと思う。

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(スタジオ)
ということで、翁長知事と菅官房長官の話を聞いていると、今回の訪米の意味について二人の意見が違う。
それを受けるかのように、帰国翌日6/5の読売新聞と沖縄タイムスに違いが出ている。
「読売新聞」6/5朝刊  翁長知事の訪米「不発」米側 辺野古唯一の方法
「沖縄タイムス」6/5 朝刊 知事、訪米の成果強調 反辺野古「理解いただけた」
同じ事実を書いているのに、これだけ違いが出るということ。
果たしてこの見出しのどっちが訪米の評価として正しいのだろうかと、沖縄に行って、知事に同行した人とその背景に何があるのかの分析を、沖縄の声として拾ってきた。

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<翁長知事に同行した二人は―>
玉川: 今回の訪米は意味があったと成果があったと思うか?
稲嶺進名護市長: 私はあったと思う。 知事自身の言葉で「辺野古は出来ませんよ。造らせませんよ」ということを、今までアメリカ政府に言った人はいない。沖縄の内実を含めはっきり訴えたということに意味があったと思う。
直ぐそれが答えとして跳ね返ってくることにはならないだろうが、まずはっきりそれを言うことが大切。

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経済界の代表として翁長知事の訪米に同行した、かりゆしグループの平良朝敬前CEOは、

平良: 訪米は完全な大成功だったと思っている。 ポイントポイントの人物は翁長知事も会えているし、翁長知事が政府高官や連邦議会議員と会談している一方で、我々総勢30名の訪米団がそれぞれ手分けして連邦議員・議員補佐官45人と面会した。
そこで見えたのがかなりの認識のズレ。それを分かればこの次どうしようということも出来るし・・・。

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<アメリカへ直訴>
日本政府のロビー活動ですね。我々が行って感じたのは、日本政府が連邦議員の日本部会みたいなものを作って、かなりの広報活動をしている。だから日本政府とアメリカ連邦議員が言っている言葉が全部同じだった。
面会の初めには、「辺野古移設が唯一の選択肢」という言葉を使ってきた連邦議員達も、話を進めると様子が変わってきた。

地元の反対をかなり気にしていた。仲井真前知事が承認したので、沖縄県民はもういいだろうと米側は思っていた。今回我々が行って要請行動をしたら「いや地元が反対したらダメだよ」と直接言う議員はかなりいた。

玉川: では地元が反対していることを、議員は知らなかったということか。
平良: やはり知らない。日本政府からは全く伝えられていない。しかし、我々が感じたのは、反対運動が広がれば広がるほどアメリカ側は引いていく、という感じはものすごくした。どの議員もどの補佐官も、とにかく「住民の反対が増えれば移設はできない」ということははっきり言っていた。

<アメリカが沖縄を気にする理由>
翁長知事訪米後、アメリカ側にある“変化”が現れたと沖縄国際大学教授・前泊博盛氏は指摘する。
前泊: (会談した後)アメリカ側から「反対ってどこまで反対なのか」と「これは体を張った抵抗まであるのか」とあるいは「他の基地にまで波及するような話になっているのか」と、こういうことを沖縄県側に聞いきている。世論の動きというものに対しては、非常に敏感にアメリカは動いてきますから。
玉川: わざわざもう1回問い合わせをしてくるということは、アメリカ側にとってやはり大きなこと・・・
前泊: 大きなことです。 辺野古の問題を強引にやれば、それこそ嘉手納や多くの施設などどこまで影響が出るか。反軍だけでなく反米になりかねないという懸念を持っている。沖縄が反米になったらこの場所にいられなくなるじゃないですか。

前泊氏は過去にあった“大きな出来事”を例に挙げた。
前泊: 海兵隊が1950年代に岐阜や山梨から追い出された原因は、“反米運動”“反軍運動”。これでいられなくなって沖縄に渋々来ざるを得なくなったという歴史がある。

玉川: 地元の意識が反米反軍になっていられなくなったという例が過去にもあるんですか。
前泊: 沖縄がそもそも返還をされた理由は、米軍が統治をしていたけれども、反米・反軍感情が高まったために日本に返さざるを得なくなったという話がある。

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(説明)
かつて前泊氏は沖縄が日本に返還される直前、沖縄問題担当公使(当時)リチャード・スナイダー氏に当時の状況をインタビューしている。


前泊: 10万人を超すデモ隊が基地を全部包囲して、アメリカに対して「もう沖縄を返還しろ」という話をする。その時に「我々はこのままだと殺されるかもしれない」と恐怖に感じたと。

当時沖縄では米軍基地撤退を掲げ数万人規模のデモが幾度も行われていたという。

前泊: スナイダー氏はこの基地を守るのに残っている兵が少なすぎると、この沖縄の基地を維持するためにベトナムに送り込んでいる兵を呼び戻さなければ無理だとことまで議論したと言う。ベトナムを攻撃するためにある基地が、その基地を維持するためにベトナムから兵を呼び戻すということになると何のための基地なんだという話になる。彼はその囲まれた時にもう命の危険を感じて、ワシントンや日本の大使館に打電をする。「もう沖縄を返せ。そうでない限りこの基地は維持できない、無理だと」

本土からの米軍の撤退、更に沖縄返還は、地元の住民の大きな反米・反軍運動の高まりが背景にあったと前泊氏は言う。

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そして今また過去を繰り返すかのような兆候が現れてきていると言う。
その“兆候”とは・・・
前泊: キャンプシュワブの中にいる米兵がものすごいストレスを感じている。今に爆発しかねないという話が米軍関係者(軍の)中の人から連絡があった。建設反対の座り込みをずっとしている人々の前でわざと銃の点検をガシャガシャとやってみせたり、あるいは看板を夜中に撤去してみせたり、米兵達も物凄いストレスを感じてきている。従来の基地の環境と違う環境にあることは、現場にいる米兵の方が感じている。

(スタジオ)
玉川: 地元がいくら反対しても、基地問題は日本とアメリカの政府同士の安全保障に関する問題なんだから、地元が反対しても何も影響与えないと思っている人が本土ではほとんどだと思う。ところが過去に、山梨と岐阜にいた海兵隊が、地元の反対運動で沖縄に行かざるをえなくなって、それが今の普天間問題に繋がっている。
沖縄返還も、実は前泊氏が記者時代にインタビューした裏話で、ベトナムを攻めるための沖縄なのに、ベトナムにいる兵を戻すという意味のないという部分も大きかったという話を当時の担当官から聞いたという話。

海兵隊にとって沖縄に行くのは楽しい話らしい。青い海があって、沖縄の人々は対米感情もよく、だから沖縄に来るのはいいよと言われて来るらしい。ところが来て見たら、周りが反対だらけで、何なんだということになる。

高木: アメリカでこう言っているとニュースで流れると、アメリカ全体の合意の意見だと受け取りがちだが、最近戦後70年史などを見ると、日米に限らずすべてシナリオが既にあって、それが実現していくために政府や官僚が動いていたんだという事実が見えてくると、今回もそれに従って実現するように、その筋の人達と関わっているだけであって、
今回知事が会った人達は、その合意の筋でない人々にそうではない事実を伝えたことは、効果があったのではないか。少なくとも行ったといことは相手にとってインパクトがあった気がする。

玉川: オスプレイの問題も、ずっと沖縄で運用すると言われてきたが、ずっと日本政府は否定してきた。 ずっと前にアメリカでそのつもりがあって民主党政権の時についに認めた。 アメリカと言った時にそれはアメリカ政府を考えなければいけない。そして政府と言えば、ワシントンを考えなければいけないのに実はワシントンの中で日本ロビーに関わっている人は10何人しかいないそうだ。この10何人をもって常にアメリカ、アメリカと言っている現実を知らなければいけない。

この記事の違いだが、何の違いなんだと考えた場合に、結局こういうことかなと・・・
<今日のむすび> “大成果”以外も成果とみるかどうか それが東京と沖縄の違いかな

つまりアメリカに行ったら、例えば重要な人が「ああ辺野古はもう無理なんですね」ということがあったらそれが初めて成果なんだというようにハードルを高くしたら今回は成果はない。

しかし一歩を踏み出したとか、アメリカが気にしだしたとかも成果だということになれば、成果だ。

そして、もう一点は、どちら側から見るか政府側から見るかで、この見出しが違うのかなと思ったりする。 東京のメディア、沖縄のメディアの両方を見ることも考えを進めていくのには必要ではないかと思う今日のそもそも総研でした。




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