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8/13 そもそも総研「そもそも百歳の現役ジャーナリストは、戦後70年の今何を語るのだろうか?」

2015.08.14 13:00|2015 そもそも総研
今週のそもそも総研はむのたけじ氏へのインタビュー。秘密保護法可決の前からフリーのジャーナリスト等と共に反対と声を上げているのをIWJの報道で知っています。
実際に従軍記者として戦争を経験し、その後の社会の変化を見てきた歴史の生き証人の言葉はとても重い。
自分自身の反省から、現在のメディアと共に現在に生きる我々にも鋭く問いかけています。

8/13 そもそも総研「そもそも百歳の現役ジャーナリストは、戦後70年の今何を語るのだろうか?」

<戦後70年の今聞きたい・・・  戦争は人類がやる最もつまらない、残虐犯罪>
玉川: 土曜日に終戦からちょうど70年。70年間平和が続いている。
この100歳の現役ジャーナリストは、今の日本は“戦争前夜”です・・・と語る。
むのたけじさんはどういう方なのか?

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朝日新聞の従軍記者として戦争の現場も取材している。ちゃんと戦争を伝えなかったと責任を感じて、終戦の日に退社。故郷の秋田で今もずっとジャーナリストを続けている。
正に戦争の生き証人でもある。

玉川: 今年で戦争が終わってから70年になるが、今一番むのさんが思うことは何か?
むの: この70年間には日本人で戦死者は1人もでないわけだ。戦争やらないから。
外国人の誰も戦死させなかった。この70年は、本当に日本の歴史の中では珍しい穏やかな状態なんです。今ここになって国会では集団的自衛権だとか言って、もうあれを聞くと全く戦争の前夜だ。
私らの世代が知っているあの嫌な軍事日本へ帰ろうとするのか。そこが分からない。

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玉川: むのさんにとって、“戦争”とは何ですか?
むの: 人類がやる罪悪行為の中で最も許されない、最もつまらない、しかも最も残酷な犯罪だと思う。

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<100歳の現役記者が語る“戦争”  戦場では本能に戻っちゃう>

玉川: 私も含めて“戦争の現場”を知らないわけです。そういう人達が今色々な法案などを作ろうとしているが、むのさんは戦場を見てきたわけです。一番今でも忘れられないというか、これが戦場の真実なんだという思い出はどういうものか?
むの: 相手を殺さなければこっちが殺される。自分が生きたければ相手を殺さなきゃいかん。これが戦場の心理で、自分のバランスを保って、死なないように生きるように頑張ろうとその感覚で続くのは3日くらいです。その次はどうなるか。悪いことだけど、“なるようになりやがれ”と。本能です、本能に戻っちゃう

(説明)
1942年、インドネシア・ジャワ島バタビヤ沖での海軍の作戦に、従軍記者として同行したむの氏。その時目にした“異様で悲しい光景”は70年経っても今なお深く目に焼きついているという。

むの: 逃げて行った連合軍の兵隊がインドネシアの農村集落を襲って、女達を何十人何百人ベッドの上に縛り付けて強姦していった。それを見た。そのベッドの袂で沢山の女が泣いている。そこに男が倒れている。たぶん妻が強姦されるために引っ張られていくのを助けようとしたんでしょう。無残な姿。それが普通だっていうこと戦場では

この話はしたことはないから、いつかのために、記録のためにしゃべっておきますが、“軍国美談”とか“戦いにも人情の花が咲く”とか言うような人がいるが、それはあだ花であって、戦争というものは誰がどう言ってみたって、絶対に許されない人類の一番悪い罪悪だと私は断定します。

なぜこんな悪い手段を使って幸福な世の中を作るためにやるんだと言えるのか。

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(説明)
戦争が人間を本能だけの動物へと変えていく様を見てきたむの氏。
あの悲劇を後世の人に二度と味わわせないことが、ジャーナリストの使命だと言う。
しかし残念ながら、今の情況を“戦争前夜”のように感じられると危惧している。
その理由は、戦争の始まる前にあった“ある兆候”を感じるからだと言う。

玉川: 戦争の時の新聞社の中はどういうものだったのか?
むの: そこが大事なんです。私は当時朝日新聞の中にいたが、開戦の前の何日何十日何カ月間に“どうも日本軍がおかしいぞ”“どうも大戦争やるんじゃないか”とただの一度も話題になったことはない。おそらく何千人の新聞社員がいたけれども誰にも分からなかった。軍部以外知らなかったということ、全然分からないんです

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新聞社でさえ分からなかった。 大きな戦争であればあれほど徹底的に秘密にされる。自分の国民をだましにくる。戦争の準備をしていることを相手の国に知られちゃ困るわけだから、だから秘密保護法とか「秘密をもらしちゃいかんぞ」という法律をつくるわけ。

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(説明)
2013年12月に成立した特定秘密保護法 政府は“安全保障上の重要機密を適正に管理するために必要”としているが、“戦前の軍部による秘密主義と通じるものを感じる“とむの氏は言う。

むの: 戦争が始まる前が最も大事。戦争の始まる前に戦争を計画したら徹底的に秘密にする。それが戦争。まずは敵国でなく自分の国民をだます。

<情報統制 ・行政と報道との野合からできた記者クラブ 今なお続いている>

(説明)
戦争を行うために、知らしむべからざる情報は秘密にしてきた戦前の日本政府。
ではメディア側はそれを暴こうとしなかったのか?

むの: 新聞社はおびえちゃうの。軍部なんかから出来るだけ恨まれないように。
新聞社・通信社ではこっちも問題ないように社内に検閲所がある。それが1カ所だったものが、2カ所3カ所と増えていく。軍部に記事を持っていった時に絶対に問題にならないように自主規制をしてしまう。

軍部の弾圧や憲兵達が脅して新聞社はこうなったのではない。新聞社がこうなっちゃう。


(説明)
むのさんは、新聞社の中で二人ならば「あんなことじゃ戦争に勝てるわけない」だなんて言いたいことを言う。ところが3人になると物を言わない。色々なところに漏れて問題になれば、2人ならば「お前だ」と決まるが、3人になると自分の他の2人の誰だろうと疑うことになるのが嫌だったと言う。

玉川: 今のジャーナリズムの世界を見ていて、安泰だと思えるか?
むの: いや。同じです。流れは同じ。そこで色々な問題が出ている。例えば報道産業は競争しながら良いニュースを国民に届けるかということで、明治以来頑張ってきた。太平洋戦争の段階でそれを止めた。競争をすると抜けがけで秘密が漏れる場合がある。
それで行政側は「記者クラブ」を作った。競争させない共同で発表させるそれが「記者クラブ」。競争すると難儀があるけれど、共同発表だからそれを報道すればいいから抜かれる心配はない。
野合だな、行政と報道との

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それを直さなきゃいかんと言って、戦後何回も新聞協会や新聞の労働組合で話題になったが、それが直されていない、今なお。

(スタジオ)
玉川: 今聞いてもらったが、この100歳の方は、記録として残っていることをしゃべっているわけでなくて、実際に体験した記憶をしゃべっている。言葉が非常に重い。
いろいろ私も考えさせられるところがあった。
そういう意識をもって我々は仕事をしているかと自分に問いかけたくなった。
更に70年も経って、むのさんがまた不安にならなくてはならないのかということを伺った。

<100歳の現役記者のメッセージとは>

玉川: 戦争から70年経って、何故また戦争前夜のような状況だと感じられるようになっているのか?
むの: 玉音放送があって戦争を止めた。一番変わって一番国民が反応を示したのは“電灯がついた”これですよ。それまで何カ月も消えていた電灯がついた、ホッと生き返った。

そういう生活感覚の反応だった。そういう時に“何でこんな戦をやっちゃったのかな”と“よその国に迷惑をかけたおわびしなきゃ”そういう声が出なかった

その反省を新聞社で真っ先にやろうじゃないかと言えば、多分みんなそうなったと思う。言う人がいなかったものだから、俺も言わなかった。私はただこのまま惰性で戦争中の新聞社の椅子に座って、同じようなペンでそのまま記者を続けるわけにはいかないから、ここで一度キチッと歩みを変えてもう一回考え直すと、そこで朝日新聞を辞めることを決意した。

(説明)
むの氏が朝日新聞を退社したのは、1945年8月15日、終戦の日だった。新聞記者として戦争を正しく伝えるという“メディアの責任を果せなかったという思いから「退社」した。
しかし・・・。

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玉川: 今はどう思いますか?
むの: 「やめた」と言って、去ってやるのは愚の骨頂だ。私はそう思う。そうでないの。過ちを犯した現場にドンと座ってそこで過ちと戦う

私が本当に勇気のある賢い人間なら、そうしたはずだ。その言葉を言えば仲間も動いたんだ。他のことは何も言わず、「俺、辞める」それだけしか言えなかった。
私はそれを自分の恥辱だと思っている。バカだから“辞める”ことしかできなかった。

(説明)
結局、日本が戦争を止められなかった理由を追及しなかったむの氏。
しかし、追求しなかったのは、むの氏だけだったのか。

<今を生きる日本人へ>

今あらためて彼は私達に問いかける。
むの: この戦争によってあちこちの国々に迷惑をかけたわけだ。しかも、何百万の人間が死んでいるわけだから、それを国民自らが疑問をおこして調べなければいかんじゃないですか。

無謀な戦争に突き進んだ責任は、軍や政府の“一部”だけのものなのか。すべての日本人にもあるのではないか。むの氏は今も自らに問うています。

玉川: 今の日本人に対して言っておきたいこと、言いたいことは何ですか。
むの: 私が日本人に言いたいことは、人様に頼むのはやめようと。我々の悩みは我々自身で考えて、お偉い人が来て、世の中を良くしてくれることは過去にもなかったように、未来永劫にあり得ないと。だから今戦争になったらどうなるといったら、戦争になって一番苦しむ者達がじゃあどうすると考える、皆家の中で語り合えばいいわけ。そうすると道が開かれてくるそれを言いたい。


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(スタジオ)
玉川: あの無謀な戦争を止められなかった、何故あんな戦争を起こしてしまったのかという責任を一部の人間に押し付けているのではないか。

今日のむすび: 今からでも日本人は日本人が裁く戦争責任を自らに問うべきではないか

各氏コメント省略。
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