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11/14 そもそも総研「そもそも今もう一度治安維持法から学ぶべきことがあるのでは?」

2013.11.14 22:43|そもそも総研たまぺディア
特定秘密保護法案が国会で審議されています。 やっとのことで、これに反対する声が大きくなってきました。
各所で反対の集会、学習会やデモが行われ、国会議員にプレッシャーをかけるように国会審議を傍聴するようにデモクラTVのトップで呼びかけています。 こちら→→デモクラTV 
しかし、非常に残念ながら出掛けられない状態です。

将来に禍根を残さないためにも、この法律を絶対に廃案にしなければと考えています。
民主党が修正を改めたようですが、修正ではだめです。 

本日のそもそも総研はschnauzerも知りたい治安維持法について。 少し掘り下げが足らないとは思いましたが、それでも20分のTV番組としては上出来で、今日は時間が少しあったので、書き起こして保存しておきたいと思いました。

11/14 そもそも総研たまぺディア「そもそも今もう一度治安維持法から学ぶべきことがあるのでは?」

玉川: 秘密保護法案に反対している団体がたくさんある。

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今回注目したのは、アカデミズム。 大学の憲法、メディア法、刑事法の研究者など265人が反対、懸念を表明し、10月28日記者会見を行った。
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そこで国際基督教大学 稲正樹教授はから秘密保護法案は「21世紀の治安維持法だ」という発言があった。

治安維持法は悪法であったことは知っているが、どんな法律だったのか詳しく知らなかったので、治安維持法の専門家二人に話を聞いた。

玉川:治安維持法はどういう法律だったのか? 
小樽商科大学 荻野富士夫教授: 国家を転覆しようという意図もない、ただ社会を少しおかしいと思ったり、変えたいと思ったりすることに、文学や演劇という文化運動を通じて関わろうとした人達にも襲い掛かった法律。

(説明)治安維持法は、大正14年(1925年)に制定。
当時政治体制を変えようとする動きを抑え込む目的で作られた。
しかしその、昭和3年(1928年)と昭和16年(1941年)の2回改正され適用範囲が拡大されていき、体制転覆と一切関係ない一般市民も次々と逮捕された。その数およそ7万人と言われている。


荻野: 捕まったこと自体で、会社や学校において非常に不利なことが生じてくる。だから、警察にとっては検挙するだけで、裁判で有罪にもっていかないまでも、十分な効果を持っていたということだ。

(説明)太平洋戦争が始まり、取り締まりは更にエスカレートしていった。

荻野: 例えば、友人関係の中で下宿を紹介するとか、共産党員の歯を治した歯医者がそういう形で運動をしやすくした、というような日常生活の中で通常に行うような援助というものも、目的遂行という形で、烙印を押してしまうわけだ。

一橋大学 渡辺治名誉教授は、治安維持法の拡大解釈には“ある狙い”があったと指摘する。

玉川: 治安維持法の問題の本質とはどこにあったのか?
渡辺: 演劇をやっても、映画をやっても、小説を書いても、ちょっとでも政府に批判的なことあるいは、反戦的なことを書いたりすると、治安維持法で直ちに牢屋に入れられてしまう。 これは多くの国民にとってみると、そういう見解を持つこと、そういう思想を持つことに対しては、非常に強い抑制的効果というか、"縮(ちぢ)こみあがる”という状態になる。

(説明)弾圧の範囲拡大を広げることで、国民を”萎縮”させることに繋がったという。

渡辺: 治安維持法の一番危険なところは、そういう声を上げた組織とか、運動を一網打尽にするわけだ。そうなってくると、そういう声をあげる行動自身が、もうやったら特高に捕まると治安維持法でやられるという気分になってくるわけで、そういう実際目に見える形で行われる運動や組織が全般的になくなる。

玉川: もともとは反体制活動を行っている人を取り締まるための法律だったのが、そのうち改正され、‘そのためにする行為’というのが付く。そうすると、そういう活動をしていなくても、それを支援する人も対象になり、そのうち支援などしていない関係ない人も結びつけられて逮捕された。

結局、国が戦争に向かって行く時に、それに対して少しでも異を唱えるような動きや思想が表に出てきたら、それは皆つぶしてしまう。 国民を縮こませた、萎縮させた法律だ。

では関係ないのに逮捕されるということはどういうことか調べた。
実際に治安維持法で逮捕された松本五郎さん(92)に北海道に行って話を聞いた。

松本: 昭和16年9月20日に、私服(警察)がどやどやと寄宿舎に乗り込んで来て、
「松本はいるか?」と言うわけだ。「お前には、話があるから来てほしい」と言って連れて行かれたのが警察の留置所だ。 「ちょっとそこに入れ」というから、入ったらビーンと錠がかかる。もう完全な犯人扱いだ。“何で俺はこんな所にいるんだ?”とか、“いつまでここにいるんだろう?”とか、心細いし、暗いジメジメした環境の中で、早くここを抜け出したいと、そういうことばかり考えていた。
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(説明) 松本さんは、当時二十歳。 共産主義も国体変革運動にも無縁な、旭川師範学校に通う美術好きな学生だった。 しかし突然の逮捕。

警察の取調べが終わると、松本さんは独居房に身柄を移されることになった。


松本: 独居房にはもちろん読む物もないし、人と話しすることもできない。 そういう精神的な苦しみと、肉体的にも零下20~30度のところで、まわりが全部コンクリートで、そこに霜柱が立つような。 耳などが凍傷になる。

玉川: 松本さんは、拷問とかあったのか?
松本: 私は、比較的拷問的なことはなかったが、恫喝とか、今にもブン殴られそうな剣幕の場面はたくさんあった。 私が後で聞いた話では、卒業した美術部の生徒は、「私はそんなこと知りません」と言ったために、竹刀で殴られるやら、蹴っ飛ばされるやらされ、気を失ってしまったらまた独房に帰される。 そういう風なことが50日ほどあった。

玉川: 何の活動もやっていなかったのに、何が松本さんをターゲットにしたポイントだったのか? 
松本: ただこういう絵がひとつの証拠だったり・・・。

(説明)逮捕の元は、音楽を聴いたりする学生の日常を描いた絵


玉川: ちょっと見せていただいていいですか? これのどこがダメだったのですか?
松本: 日常生活の中で、より良い生き方を追求することが、それを描くことによって、友達も皆生活を見つめながら、少しでも前向きに良い生活をしていこうと、そういうことを共感することが出来るということを強調したのだが、それが結局、生活を見つめるということは、悪い面を批判するということですよね。それが国策の批判につながるということだ。

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(説明)生活図画事件 昭和16年(1941年)~昭和18年(1943年)
旭川師範学校および旭川中学校の美術部員を中心に、教員や生徒など27人が検挙され3人が実刑となった事件
松本さんの拘留期間は、1年3ヶ月


松本: その頃は戦時体制だったので、少しでも国策に反する、戦意が高揚している時に批判的な目があると、都合が悪いわけだ。
戦争を遂行するために、余計なことを考えるなと。本当のことを見てもらっては困るというような面があったのではないかと思う。

玉川: どうですか? こういう歴史がある。
松尾: 松本さんが拘留されたり、酷い目にあったりと過酷な状況におかれたということは、時代が違うから今はそうはならないにしても、拡大解釈することにより、人が罪人になっていくことは十分ありうることが、雰囲気として伝わった。
羽鳥: 秘密保護法案も今後改正され、拡大される可能性がないとは言えないということか。
玉川: そういうことだ。
松本さんが描いた絵 「休憩時間」「レコードコンサート」 これのどこが悪い?
松本さんによれば、レコードは敵の国の音楽を聴くのがよくないのか。 本を読んで生活を見つめることになると、戦争中は我慢して貧しい生活をするのがおかしいのではないか。 戦争とはおかしいのではないか。 それらすべて含めてよくないということで逮捕される。逮捕されると社会的信用も失われるし、先ほどのように劣悪の環境だ。
実刑だろうが、執行猶予だろうが同じだ。そういう形で進んでいった。

高木: 要するに、自分の頭で物を考えさせないといための、政府側が取り締まる法律だったと思うが、現代社会だと、教育水準も上がっているし、識字率も高いし、巨大メディアがあり、TV・ネットに様々な情報があり、そう簡単に人の頭の中をコントロールできない世の中だと思う。
今の世の中と、治安維持法をテーマにして懸念されている危険度がどのようにリンクしてくるのか?

玉川: まさにそこだと思うので、先ほどの専門家に聞いてきた。

全然目的の違う二つの法律

治安維持法: 国体の変革または私有財産制度の否認(共産主義)を目的として結社を組織し、それに加入する者を取り締まる

特定秘密保護法案: 特定秘密の取扱い業務に従事する者が、その業務で得た特定秘密を漏らす行為を取り締まる。

目的は違うが共通した、通低した懸念があるのだと、治安維持法の専門家は言っている。

それはどういうことなのか?

荻野: 治安維持法が成立する時には、かなり世論の反対もあったから、非常に目的が限定されていて、つまり共産党の取り締まりに限定されていると説明をして、議会も一応納得して成立したが、ほんの数年でどんどん拡張解釈の一途をたどっていった。

今度の法律も、様々に乱用されないかとか、知る権利を保障するとか、一応努力規定で入っていたり、何らかの形で成立するとすれば、付帯決議みたいなものが付いたりするかもしれないが、現場の第一線においては、それは何も役に立たないだろうと思う。 そういうものを意に介さないで、実際に使いやすく運用していくだろうと思う。

一方渡辺教授は、国民が“ものを言えなくなる”と観点から秘密保護法案の成立を危惧している。



渡辺: 治安維持法は、政治に対して様々な形で批判的な言論をし、政治活動をすることを塞ぐと、つまり口をふさぐという役割を果たしている。
それに対して、秘密保護法案は、むしろ国民が様々な形で口を動かす基礎となる情報である、目と耳を塞ぐ・・・

(説明)塞ぐのは、口なのか、目や耳なのかの違いはあれ、国策に反対する国民を抑えうるという点で本質的な共通点があると、渡辺教授は指摘する。


渡辺: 政府が思っているような国策の方向に、特に国民の異論や疑問が大きい政策に、国民を動員していく役割という点では一致している。
むしろ、秘密保護法案のほうが、国民の口を封じるというような、反原発とか反TPPの声とか、そういうものに対してもある程度歯止めをかけると、そういう可能性が、危険性が必ずでてくると思う。

玉川: 今秘密保護法案というのが、国会にかかっているがご存知ですか?
松本: 勝手に恣意的に1つのものを秘密にしてしまったら、本当に何も知らない国民は、いつの間にか罪人になってしまうという私の経験から、危惧が大きい。
私の経験の中から、本当に何も知らないで 自由勝手に解釈して罪人を作ってしまうような法律があったりしたら、これはとんでもないことになるぞという恐ろしい気持ちがする。

玉川: 目と耳と口を塞ぐ法律としては、戦前は、目と耳を塞ぐ法律としては軍機保護法があり、口を塞ぐ法律としては治安維持法があった。 渡辺先生の危惧は、今回の秘密保護法は目と耳だけでなく、口を塞ぐところにも一部浸潤していくのではないかと、両方兼ねるような恐れがあると言っている。

赤絵: この法案を通そうとしている人達は、拡大解釈は100%ない、今は時代が違うと言っているが、それこそ時代によって国策はどんどん変わっていく。どういう人が使っても誰が使っても大丈夫というものでないと、法律というものはすごく怖いものになるのでは。
玉川: 法律が一人歩きしてしまうことが怖いと前回やった。 一人歩きしないのであれば、一人歩き出来ない法律にしなくてはいけないが、現在の法案は曖昧な部分が非常に多いのが現実。

高木: 一部の批判の中に、これはメディアだから騒いでいるのだという批判も聞こえてくる・・・
玉川: メディアの既得権を守るとか・・・。

高木: さっきから聞いていると、メディアに関係ない普通の人でも何か誤解されて調べられて、社会的な信用を失って、人生に大きな影響が出るとか十分に懸念されていく?

玉川: 我々は既存メディアで、私は人々の目や耳になるようにと心がけて仕事をしている。ここが萎縮する部分は確実に出てくるので、人々の目と耳が塞がれていくという懸念はある。
そして例えば、反戦活動、反TPP、反原発などの政府が進めることと違うような活動をしたい、国策が変われば、その政策は反対だということがこれから出てくるかもしれない。 

法律を使ってそういう人を取り締まることがあれば、そういうことは言わないでおこう、思ってはいるが活動はしないでおこうということになり、今はいいかもしれないが、できた法律は、違う形で使われていくという危険性で言えば、メディアだけの問題ではないと思う。

羽鳥: メディアに関係ない一般の国民が、真実を知る機会が失われるとしたら、非常に怖いことだ。

高木: デモとか発言の自由も失われていくっていうことだ・・・。
玉川: そういう可能性がある・・・。 過去にそういう風なことがあった。 
もちろん全然違う目的だが、通低しているものに本質的に似ている部分があるのではないかと。

むすび もし目や耳や口が塞がれる国になることがあるとしたら、人々が歴史の教訓を忘れた後なのかもしれない。 やはりもう一度歴史を振り返って考えることが必要なのではと思う今日のそもそも総研でした。


以上
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